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本間先生のこと


 本間先生(大学で学んだ学生として先生と呼ばせてください)の合唱曲は,歌い手にとって大変難しいものです。自分のパートを歌うにしても,旋律には普通の音階にはない半音進行や,増音程・減音程の跳躍が頻繁に現れるので,音楽の解釈や表現以前に,まずは楽譜どおりに歌うことが容易ではありません。その上,ほかのパートと長三和音や短三和音でハーモニーすることはほとんどなく,短二度や九度,あるいは減五度などの不協和な響きが含まれた複雑な和音を作らなければならないことが多いので,安心してハーモニーに身を任せることができないのです。今回演奏する「混声合唱のためのヴォカリーズ」も例外ではありません。

 楽曲は,緩−急−緩の三つの部分から成っています。最初の緩の部分は,故郷の友の面影が不意に心に浮かび,思い出が一つまた一つと蘇ってくるかのようです。アルトの津軽三味線のような響きに導かれ,急の部分に入って音楽は盛り上がっていきます。友との思い出が走馬灯のように駆け巡っているかのようです。再び緩の部分となり,しばらく静かに語らった後,友は追憶の中に消えるように去っていきます。

 本間先生は,常々学生に「機能和声のアカデミズムをきっちりと身に付ける事が大事だ。それが巨大な西洋音楽の世界で作品を見極める物差しになる。」とおっしゃっていました。また,「機能和声から離れて,自分の美のシステムを創造していくことが作曲だ。」ともおっしゃっていました。学生のときはよく理解できませんでしたが,今はその意味がはっきり分かります。本間先生はご自分で創造された美のシステム(それは先生の郷里の津軽の,あるいは東北地方の,さらに言えば日本の民俗的な音に根ざしている)によって作品を書き続けていたのであり,その姿勢にはブレがありませんでした。

 本間先生,当時は真剣さの足りないチャランポランな学生ですみませんでした。でも,私は今でもしっかり音楽と向き合って生きています。合掌。


( 2010.2.14 仙台放送合唱団 第48回定期演奏会 プログラムより )