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もの思いの合間に

〜もの思いにまつわる私の名盤〜

 リリングの2枚のレコード                                2006. 5. 4
 定期演奏会でJ.S.バッハのモテット第3番を歌うことになって(私はそれまでモテットの存在さえ知らなかったので)、まずは聴いてみなくてはと思って買ったレコードが左側です。小野先生が留学先で師事したヘルムート・リリングのものがいいだろうと思って選びました。
 リリング / バッハ・モテット集(第1〜5番)で、演奏はゲヒンゲン聖歌隊とシュトゥットガルト・バッハ合奏団の1965〜1967年録音盤です。モテットというとアカペラというイメージがありますが、バッハ当時の演奏様式の研究成果をふまえて、通奏低音とコラ・パルテ(合唱の声部をなぞる形で楽器が演奏する)が付いた演奏です。
 とてもいい演奏だと思います。どこがどういいのか?と聞かれると答えに困るのですが、強いて言えば、通奏低音とコラ・パルテが付いたことによって音が豊かになったこと、また楽器に支えられて合唱がより伸びやかに歌っていること、リリングとゲヒンゲン聖歌隊が人間的な血の通った演奏をしているということでしょうか。このリリング盤のほかにレーゲンスブルグ大聖堂聖歌隊が歌ったものを聴いたことがあるのですが、そちらはなんだか堅苦しい演奏で聴いていてあまり楽しくなかった記憶があります。
 小野先生の練習と、リリングのレコードのおかげで、定期演奏会が近づくにつれてモテット第3番が好きになっていきました。

 右側はモーツァルトのレクイエムです。指揮はやはりヘルムート・リリング、演奏も同じく合唱がゲヒンゲン聖歌隊、管弦楽がシュトゥットガルト・バッハ合奏団です。
 モテット第3番の練習の合間に、小野先生がいろいろとドイツ留学中の話をしてくださいましたが、その中にレコーディングの話もありました。ドイツのある教会でのレコーディングだったそうですが、レコーディングの合唱団の中に小野先生も入っていました。マイクが各パートの前(ちょうど小野先生の目の前)に立てられ録音が始まりましたが、モニターを聞いてリリングが小野先生に歌う場所を変わってほしいと言いました。どうやら小野先生の声だけが目立ってしまうようでした。
「日本で歌っているとき自分が飛び出す声質だと思ったことはなかったんだけど、ドイツ人とはやっぱり根本的に違うみたいなんだよね。」
「でも、合唱団には不思議な連帯感みたいなものがあって、そのとき、ぼくの周りのバスの連中が『小野はここでいいんだ』ってリリングに向かって言い張るんだよ。けっきょくぼくの場所は変わらずに、その代わりにマイクがスーッと遠くに運ばれてったんだ。」
「でも、あとから録音を聴いてみるとやっぱりところどころ自分の声が聴こえるんだよ。」
 それがこのモーツァルト・レクイエム(録音は1979年2月となっており、確かに小野先生の留学期間中)のレコードです。この話を聞いたらこれはもう買うしかないでしょう。
 当時、モーツアルト・レクイエムといえば、厚いオーケストラの後ろから合唱がモヤーッと聞こえるようなレコードが多かった中で、このレコードは合唱団の息づかいまで聞こえてくるような胸のすく録音でした。演奏もゲヒンゲン聖歌隊が魂の叫びのごとき熱唱を聴かせてくれるし、私のような合唱畑の人間にとってはこれ以上ないような名盤です。

 バッハのモテット集もモーツァルト・レクイエムもその当時はレコードでしたが、上に掲載したジャケット写真はCD化されてからのものです。

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