戻る

もの思いの合間に

〜もの思いにまつわる演奏家たち〜

 ピアニスト                                              2005. 7. 7
大学生になった私は、「亜麻色の髪の乙女」の入ったレコード(私が大学に入った当時はまだCDが普及しておらず、レコードが一般的でした)を買おうと思いました。ところが、ドビュッシーの前奏曲集 第1巻(亜麻色の髪の乙女はその第8曲)はたくさんのピアニストがレコーディングしており、どのレコードを買ったらいいのか分かりませんでした。
 それで、大学の合唱団にいっしょに入った T に、ピアニストは誰がいいか聞いてみました。すると、
「サンソン・フランソワはいいですよ。フランソワ最高!」
とべた褒めでした。T がそれほど言うのならと思って、サンソン・フランソワが弾いた前奏曲集 第1巻のレコードと、同じくベルガマスク組曲(月の光はその3曲目)のレコードと2枚買いました。それ以来ずっと、ドビュッシーはフランソワが弾いたものを聴いていました。

 私は、フランソワが弾く「亜麻色の髪の乙女」はそのリズム感がかなり独特だ(まるで楽譜とは違うリズムで弾いているみたいに聞こえる!)と感じていました。だから、今回「亜麻色の髪の乙女」をさらうにあたって、フランソワは自分が弾くときのお手本にはならないと考え、別のピアニストはどう弾いているのだろうと、ミケランジェリが弾いたCDを買って聴いてみました。
 ミケランジェリは、さまざまな音楽評論家に孤高の天才ピアニスト、気難しい頑固な完璧主義者などと呼ばれ、そのピアノの音色は非常に美しいと言われているので、「亜麻色の髪の乙女」はいったいどんなすばらしい演奏なんだろうと期待していました。しかし、期待に胸を膨らまして初めて聴いた感想は、「なんかつまんない」でした。
 自分が納得した演奏だけしか世に出さないという、完璧主義のミケランジェリがOKを出した録音なのだから演奏が悪いはずがありません。実際、楽譜に忠実に的確な演奏をしているのはミケランジェリの方なのです。けれども、フランソワの速めのテンポでいかにもあっさり弾いているかのようで実は非常にスリリングな演奏に比べると、ミケランジェリの演奏はなんだかやたらにゆっくりで間延びしていて、気の抜けたサイダーのように感じました。

 初めて買ったレコードで印象が強かったからなのか、よっぽど私の感性に合っていたからなのか、長い間ずっとそれを聴いていたからなのか、理由はよく分かりません。とにかく、私の耳にはフランソワの弾いたドビュッシーが一番ドビュッシーらしく、スタンダードに聞こえるのです。

ピアノの名曲 >>